〇柔道 金メダリスト 古賀稔彦さん がんのため死去 53歳
バルセロナ五輪の雄叫びの写真がとても印象に残っている。
〇吉田秀彦氏「今も私の支え」古賀先輩との気高い絆
現地入り後、古賀さんの71キロ級の試合日まで10日となった7月20日の稽古だった。吉田さんの希望で組まれた異例の代表同士の乱取りで、滑った古賀さんの左膝に、合計150キロが乗った。激痛にもん絶する姿と絶句する吉田さん。靱帯(じんたい)損傷、全治1カ月の重傷だった。歩けない。悲願の金へ、暗雲どころではない絶望だった。
その後も2人は同部屋で過ごした。患部を冷やす氷の取り換えをし続け、気分転換に古賀さんを自転車に乗せてビーチにも行った。「大丈夫だから」。絶対に弱気を見せない先輩。自身の78キロ級の試合は1日前にあった。全試合一本勝ちで先に金メダルを手にしたが、「試合前日の先輩と顔を合わせるのが嫌で」リビングで寝た。
翌7月31日、古賀さんは痛み止めの注射を6本打ち、ケガ以来の柔道着に袖を通して畳に上がった。冷やしすぎた足は凍傷手前、その中で決勝へ。ハイトシュ(ハンガリー)との一進一退の決勝で勝利を示す赤旗が3本上がった。「あいつ(吉田)は責任を感じていた。早くけがが治るようにいつも祈っていたという後輩の気持ちを聞いて、今回は本当にいい優勝をしたな」。背負い、闘い抜いた。
後日談がある。吉田さんも、実は重傷を負っていた。帰国後の検査で、5月に痛めた腓骨(ひこつ)が骨折していたことが判明した。そして、古賀さんは胃に穴が開いていた。強烈なストレスで胃潰瘍になっていた。そのことは2人とも一切、口にしなかった。
